I Love Serendipity.

私のツイン体験記

母との格闘の終わり

セッションでも、

必ずっていうほど出てくるのが、

母との関係です。

 

私ももれなくありました。

 

パターンとしては、

幸せそうに見えないお母さんを、

なんとかしようとして、

なんともならずに、無力感を感じる、

というものです。

 

私は母との前世も思い出しています。

その時は、私の子供でした。

たまに、どっちかわからないなぁと思うような

やり取りがあったことにも、納得してたりしました。

 

母が、私から見て、

苦しそうに見える状態に、

とどまり続けようとするその姿に、

憤りを感じ、それを無理やり方向を変えさせようとして、

理屈で責めたり、ケンカをしたりしてました。

 

その度に感じる私の感情は、

無力感です。

 

助けられない

役に立たない

私の声は届かない

 

そんな感情でした。

 

それを振り返ると、

年上の女性との間で、

よくやっていたと思います。

 

少しずつ、私を育て、

母と精神的に密着していたのを離して行き(この時は壮絶な罵り合いや、喧嘩もしました)

境界線を引き、

ある程度を越えると、

母のことも、

ひとりの女性として見ることができるようになりました。

 

そこにいたのは、

小さな、寂しさや不安を抱えて、

人から何か言われないように、

一生懸命正しく生きようと頑張っていた、家族のために働く、

小さな女の子が見えました。

 

涙が出ました。

 

お母さんは、そのまたお母さんを笑顔にするために頑張って来たやり方を、

今もまだ続けているだけなんだ

ってわかったので。

それが、彼女の愛し方でした。

それしか知らなかったんです。

 

母を理解したときに、

私の中でも溶けるものがありました。

 

お母さんを笑顔にしようと、

頑張らないでいいんだ。

今のこれが、彼女にとってはベストなんだ。

私が無力感を再現しなくていいんだって、

そう思いました。

 

私は私のことをしよう。

今の状態で、笑いあえる最善を選ぼう。

 

そんな風に思うのです。

 

母との格闘が終わる時、

私は女性であることに、

抵抗を感じなくなってました。

 

仕方がない。

この言葉を、諦めではなく、

受容の意味で使えるようになりました。