I Love Serendipity.

私のツイン体験記

カルマ

カルマのこと、書きたいなと思います。

新たなじぶんのカルマに向き合って、

実際に行動にうつせてうれしかったことです。

カルマを終えるほど、自分は自由になってゆきます。

たった一言で終わったりもします。

 

 

カルマはたいてい反対側のことに、解くカギがあります。

今、普通にできていることは、課題じゃないんです。

 

苦しさを感じているとしても、

慣れ親しんでいるから、

それをすることは未知の世界じゃない。

 

カルマはやったことないことに、

超えるカギがあります。

 

たとえば、自己主張が苦手な人は、

自己主張すること。

 

無価値観から、人に与えてばっかりの人は、

じぶんの価値を認めて、

与えられることを経験すること。

 

ひとりひとり違います。

 

そうやって一つ一つといてゆくと、

見えてくるものがあります。

じぶんのパターンもわかるし、

何をテーマにしているのかがわかります。

 

じぶんの内側に返すこととか、

内側を見ることと言われるのはこのことなんですが、

なかなか難しくて、

不得手な人が多いなと感じてます。

私はそういうことを、

見つけるのが得意なんです。

 

なかなか進まないのは、

楽な方に戻ろうとするからです。

じぶんを大切にすることを、

違った解釈にすると、この、

コンフォートゾーンにあり続けようとします。

 

堂々巡りを繰り返しているなと感じる人は、

振り返ってみるとよいです。

気づいていると思っているのに、

アウトプットできなかったり、

自分を愛し認めるが、

違ってしまっていないか?って。

 

目の前や足元を見ずに、

スピリチュアルで、言っている

きれいな言葉に逃げようとします。

たとえば、無償の愛。

たとえば、ワンネス。

たとえば、天使の生まれ変わり。

たとえば、使命。

 

じぶんのすべてに光を当てれば、

闇の中に隠してきたじぶんの知らなかった、見ないようにしていた

じぶんを見ることは当たり前のことなのです。

 

私の光が強い時、相手の闇を照らし出し、

昇華しようとしてぶつけてくる人がいました。

逆もあります。

なんだかわからないけれど、悩みを言いたくなってしまう相手

なんていうのもそういう相手です。

相手の光のほうが強いのです。

波動が高いという言い方もします。

オーラが大きいということもあります。

 

相対した人の光が強い時、

じぶんの見ようとしなかったことに、

光が当たる。

 

それが怖いと感じたり、

苦手と思ったりもします。

依存心が強いと、

自立している人は怖く感じます。

 

 

怖さを避けるのか?

それでも進むのか?

 

一つ言えることは、

いつもと同じ選択、いつもと同じ行動では、

それは解消につながらないということ。

たいてい抵抗を感じることです。

 

苦手なことなので、自分の意思が働かないと避けますし、伝えても拒否します。

それから思っただけではなくて、

思ったら行動するところまでしないと、

本当の意味で変わっていきません。

 

チャネリングメッセージは、

心地いいのです。

なぜなら、高次元と言われるところは、ネガティブがないから。

だからそれを聞き続けます。

みんな本質は光です。

私が光というのは、そう習ったから、

聞いたから、ではありません。笑

私は、みているんです。

その光の体を。

 

みんな、自分の中に、

とても美しい光の体を持っています。

 

チャクラの話も、

神聖幾何学ありきではないんです。

チャクラのエネルギーポイントには、

神聖幾何学模様が見えるんです。

それをみている人がいるから、

そうやって伝わってきているのです。

たぶんね。

 

モノゴトは、逆です。

たいていね。

それを頭でジャッジしているうちは、

自分に素直ではないですよね。

知らないなら知らない。

わからないならわからない。

ただ、それだけです。

 

光の体のその上に肉の体をまとい、

いろいろな経験をしてきています。

そこにどのように応用し、

本質の光に近づいていくのか

っていうのがプロセスなんです。

 

それから、カルマは誰かが代わってやってあげることも、

取り除くこともできないし、

してはなりません。

 

その経験は、

素晴らしい宝物になります。

 

わからなくなったら聞けばいいし、

人は一人でなかなか全部、

わからないようにできています。

 

そして、結果は、声にも、

顔つきにも出てきますよ。

細胞の周波数が変われば、

放つオーラが変わるから当たり前なんです。

 

相手はじぶんのカルマを明確に映し出してくれますが、

それ以外の人も、映し出してくれてます。

どの人とも繰り返す同じパターンがあります。

言いなりになる意味じゃなく、

その人が言うことを聞いていますか?

本音で話せていますか?

じぶんを大切にしていますか?

 

そこがポイントになってくると思います。