手放すと、わからなかったところが急にわかるときってきます。手放すと、より本当が現れてくる。
カルマの昇華ってじぶんがとっても自由になっていく。私は簡単ではないけど、楽しい道でもあるこっちを本気でオススメする。
不可解な展開の時は、魂のことが展開してるよね。
分かれていくことも受け入れるって、一緒にやりたいっていう執着を捨てたってことでもあった。
すると、今日急にわかったことがあるよね。
私の胸にやっぱり感情がやってきてるから、なんだかどんよりの気持ちになっていて、浄化を始めてよくわかった。
今男性性の浄化と癒しがすごいからね〜。
流していくとそのエネルギーが言語化されてくる。何かわかってくる。
それが私を流れていく時、号泣した。
それを受け取って、私はこう返してる。まさに反転して進んできてたんだなって思う。私があっちのサポートを受けてレムリア(女性性)の痛みを解放したあとに、これがきているから。
君は、物質を見てるから、私が目の前からいなくなったと思ってるかもしれないけど、私はずっとそばにいてる。
ずっと、君を見つめることになってる。こんなに人を見つめただろうかってくらい、見つめてる。
それを君も望んでいるよね。じゃなかったらこうならないぞ。
それに、君はすべてを手放したいって思ってる。。
私と君が、どんなに離れようとしても、それを天が許さない。
これは天との約束だって、実感したのだ。
そしたら私の中に降伏感が出てきた。
水が流れてきて、出口が開いたら、決壊だ。
私の歯の治療でも、身体は私だけのものじゃないから、歯が頑張ってる以上は、私が勝手に抜歯の決断をしてはいけないと感じてて、無になって先生などから伝えられることに委ねこれに付き合っていくことだって思う。次回の治療で目処がついてて土台を建てるって言われてる。
おふくろ石に触れていた時に蘇ってきた私の記憶が、それが本当にあったのなら、関わりの中でみてきた彼の表情とか行動とか、その後に起こってることとか、私の元にやってきた人とか、それが急に何を見せていたのか急にひらめき、突き落とされました。
あれは、私=たま=命=ハートを失う恐怖だったんだな。
それを激しく悲しんでるから、激しい怒りになっているって理解したのだ。
だから戦っていたんだわ。来る日も来る日も、気がつくと真っ赤になって戦ってた。自分で切ったのに、そのあとすごく苦しんでいた。
とても大切なものだから。
忘れたんではなくて、忘れられないほど大切なものだから、怒っていたんだ。
忘れるわけないだろうって、あの曲が2人の間に流れてたのも偶然やなかった。
この表情は、私の母とも、父とも同じで、どちらも愛されていないと誤解したり、自分の一部、命を失う恐怖の時に見せていたものだった。執着といえば執着だ。
私が今、やることはこれだなって、思ったのだ。
降伏だ。ずっとあった最後の一枚みたいなところで、組み敷かれるようで嫌だって抵抗していたことだけど、それは私のエゴでプライドだ。
具体的に私にくってかかってきたアトランティスの人たちは、私に謝るってできなかったけど(自尊心が傷みすぎてて謝れない。それを私にやってくれたのはマグマリアちゃんから)、私はやるよ。
私がごめんってやると、同時にほぐれていいんだよ〜ってなるのが金龍さんだ。反発するのが似てるものたちなのだ。
私から離れてしまって、ごめんなさい。
君から離れて、ごめんね。
そもそも私、始まる時に忠告されてたんだ。
金龍さんのそばにいるといいですよって。
でも、彼というよりも、彼の周りにある波動の荒さに耐えかねて、離れてしまった。どうしたらよかったんだろうな。耐えたらよかったんだろうか。とても身体が痛くてエネルギーは吸い取られ、あれ以上は流石に厳しかった。
物理的に離したところで、結局エネルギー体でも同じことするわけで、何が正解なのかはわからないけど、自分からは逃げられないから、やるべきことはきっちりやってくるということである。
これって逆のあっち側にもあるんだろと思うけど、私側の視点しかわからないからね。
あっちも様々に経験をしてると思うけど、何を信じるのか?見えないものを信じれるか?ってことがあるのだと思う。それを呟いていたから。
私の身体は、受け入れる質が強くてバリアが弱くてなかなかプロテクションができなかった(今は違う)
でも私は心は強い。あっちはきっと逆なんだ。いや同じなのかも。弱いし強い。最も弱いところに、最も才能が隠れていた。反転が起こってる。
私が金龍さんの後ろに座って、眠りこけて目覚めた時に彼のハートに私のハートが繋がっているのを強く感じた。その時、あっちのハートを守ってるのは私だった。予告だったのだって思う。
あっちと私は身体とハートが連動してて繋がってるから、そのプロセスが進んだから?彼を霊的にプロテクトすることは私の身体をも守ることになってる。こんなことあるのかって私も半信半疑だったけど、そうなってる。
離れたからわかったことでもある。
私の身体が復活したら余裕ができるって言われてきて謎だったけど、取り組むことでわかるのは、身体に関しても色々取り組んできて、さらにここから!という時ですが、自分の身体を直接ケアしてもそこそこまでと、身体の深いところにある抵抗をとっていったときに、あっちのエネルギー体も復活していってるということなの。私の身体は彼のことだと思うのだ。彼の方をしっかり浄化すると、私の身体がとっても楽になるのだ。
身体は、脳が誤作動をしたとしても、声を聞かずに酷使してても、毎日毎分毎秒、何も言わずに同じことを繰り返して私たちの生命を生み出してる。
痛みがあっても、不調が出てても、文句も言わずに、ボイコットもせずに動きを止めるってことはないわけで、だから私たちは生きてるわけで、それは死を迎えた時に停止する。
何も意識をしていなくとも、同じことを繰り返してくれているから、私たちは呼吸できてる。
家庭の主婦で生活を支えてる人や、社会のインフラを担当してる仕事の人たちもこれに近いことをしている。暴風雨が吹き荒れてても彼らは出動するわけだから。
だから身体が思い通りではないからとディスるのではなく、身体をよくしようすこやかに生きようってそう思うし、身体に感謝をしている。
変化をしないことは悪いことじゃないんです。
同じことを同じように毎日やるって、当たり前のようで、これだって難しいことだよ。
ただ、そこに流れるエネルギーをポジティブだったり綺麗なものにしていくのには、基盤だけではなく、そこに指令を出す脳の方を変化させていくことが、心の反応であり、持っている信念であり、魂のことになるので、行動を決定していくので、ここを綺麗にいていくことがどちらにとっても健やかになっていくので、変容だよって伝えるんです。
繰り返していることは悪いことではないんです。
善悪でとらえていると見失う。
そんなことで自分をバカにしなくていいと思うのだ。
様々に流れが止まるところもあれば、動くところもあり、私は引き続き、インターバルに入ってるので次の動きが始まるまでの休養をしながら、小さい軌道修正を繰り返しながら、霊的な解きのプロセスに行くことになると思います。
慎重になってる。
北海道の開きについては、福岡の志賀海神社からの流れも見ると、アラハバキとクナトが揃うので、出雲族のことは継続してやってるなと思います。
私たちのグループは、最近のポイントは何をしていても、問題解決のためとか、過去を再現したり癒すための動きではなくて、今と未来に向かって行動を起こしていくための開きのエネルギーとそれをする仲間共に動いているようだなって感じてます。
新しい流れに入るから、そうなるのかな?じゃなくてその方向だから、もう置いていく信念を手放していってる。
そこを通過すると、新しい動きに入る予感がする。
この流れは止まらないだろうと感じてる。
それにしても、レムリア同士で繋がろうとする時に周りで起こってくる、こどものギャン泣きの正体が分かったと思う。超不可解だった。
私の魂の片割れは、私の子どもとして現象化してきたって伝えられてたけど、聖母子のこともあり、こどもは、アトランティスである。
そもそもの大元は、天空のレムリアのディセンションだと考えている。
それほど強くショックを受けて、予想外に辛かったことだったんだ。
すごく不可解だったけど、なんか、あっちの目に写るものは恐怖なんだけど、自分を見失ってるような目の奥の冷たさがそれなんだって分かったら、愛おしいというか、素直に謝ろうと思うのだった。
いなくなっちゃって、ごめんね。
君の目の前で、落ちていったり、死んでいってごめんね。
突然いなくなってごめんね。
その想いからやってること認めてなくてごめんね。
すると、もうあまり思い出せないのだけど、ラファエルくんは私の陰だったのだ、と気がついたのである。予告だった。
私がやることになることを、彼は見せてくれた。
全部の許しだ。
レムリアが沈んだ時の癒しを、協力して多くの人たちが乗り越えようとしてる。私がやらなくていいことは、他の人たちがやってくれている。
私がこういえば、ああだと言い、反対側のことを言う。
こういう拮抗がめんどくさいなってもう思ってるんだ。
今はこれを色のない祈り。みんなが今ベストだって、それから解かれますようにと、その祈りを深めていってる。
何も間違ってない。どちらからみるかの違いだけで、50-50だ。流れが止まればどちらも違う面で枯渇する。お金なのか、心なのか。
そう信じてるなら、その波動の領域でそう生きればいいだけだ。だがしかし、見直しが入っているのは、この物質世界では心を捨てても生きてはいけるけど、幸福や豊かさとは遠くなる。心が荒んで責めてばかりいてはお金も滞る。それがこれからダイレクトに身体に跳ね返ってくると思う。
古代ギリシャ語について話を聞いた時にも、文字の話から発展して、アトランティスがなぜできたのかって理解するような展開となった。私が出会う人は、金龍さんがなぜあんなことを言っていたのかを理解することになっている。
私が話を聞いた人はイスラエルに住んでたなどというのです。
どんなにその人たちが受け入れなくとも、偶然ではないよ。
そこですごく感じたことがある。
確かなものがみんな欲しいんだなって感じている。
信じてついていったものが崩れ去った。信じた先導は間違っていた。それのやり直しで、みんなを救う先導を頑張ってる人たちもいる。
今度こそは。
信じていたのに、崩れ去ってガッカリした、ショックを受けたというキーワードだ。半ば天のレムリアへの怒りというか非難的なものがあるのだ。だから不確かなものは信じない。みたいなもの。
遠藤周作の沈黙のような、信仰に対する矛盾を感じる(ちなみに証明はできないけど、磔になったイエスは後悔しているとチャネリング的には受け取ってます。だから多くの人々を救うためという名目でも、肩代り行為は自己犠牲だと伝えてます。自分も生きて幸福でないと。イエスの救世主的解釈は宗教を信仰している側の解釈にとらえてます)
アトランティスは聞かせたがるばかりで、救いたいばかりで、 反対側の視点を話そうにも耳を塞ぐ。聞こうとしない。
許せないならそれでもいいよ。
実際、私はその固めた波動がキツいと感じる。
だから不確かなものを信じるってことをやめて、確かに築けるものに行き、それは信頼できるものを信じるという話。信頼のある、誰がやっても再現性のあるものに乗っていけば、自分に自信がなくとも目的地に辿り着くことができる。。
物理的なことだけで言えばその通りだけど、私は違和感があるのだ。
土台は自分の中に作るものだし、自己放棄した期待としての信じるはそれはガッカリの結末に行く。
思考は強いけど、愛という、全てあると全てない、喜怒哀楽全て入ったものからは目を逸らす。
アトランティスが頭にいるつくる組織って、ネットワークビジネスが多い。そう言ってないものでも同じような構造を作る。すごく矛盾がある。綺麗な言葉では飾ってるんだけど、構造としては矛盾を抱えてることが多いと感じている。
頭がいて、思考停止をさせて、手足になる人たちは部品のよう。気がついていないだけで自由がなくなるし、多大なエネルギーを自分以外の他の人に渡してて、構造が依存的なのですごく人の念のエネルギーが渦巻いている。
私の記憶だと、堕落していったアトランティスは同じだった。自覚なくても同じことやってるなって思うから伝えるんだけど、それが全てだと信じ込んでいたら、他に行こうとはしないものね。
その頭になってる人を素晴らしいお話で陶酔させていくから神のようにしているけど、実際はその仕組みで手に入れようとしてるものも人間のものだから、神(創造主)ではないから神と名乗る別のものになる。
これに対しての私の回答は、やっぱり愛になるなぁ。。
方法に偏って、心を見ないものに真の豊かさってあるのかな?って、私は思うもの。
それがアトランティスが沈んだ因果になっていた。教訓として教えてくれてるもの。
今、底を復活していくフェーズだから、金龍さんはそれを見せてもいる。
私にとって、彼にみるものは、ぜんぶだからである。これが愛だ。
追記
しかし、決壊した後の私の身の回りに起こってることはわかりやすすぎていて、現実から跳ね返ってきてる。
私が謝ってから激しく悲しんでいた彼は落ち着いてて、わー!って騒ぐような戦いになってないみたい。そうならないから、彼の周りの他のエネルギーにも巻き取られにくいみたいで、おかげで私も身体が楽なのだ。
私の周囲を見てて、こんなことになるということは、本当に繋がってるんだなって思う。