今までまっったく関心なくて、
むしろ私は男みたいと思っていたし、
男女の営みについては、潔癖というか嫌悪感さえ抱いてました。
なんと言うか、性なんて、私にとって、コンプレックスそのものの対象です。
関心がないは嘘ですね。
コンプレックスの対象だから、
見ないようにしていたと言うのが本音の部分。
女性らしい女性を嫌悪したり、
男性と張り合ってみたり、成果が見えやすい別のことで頑張ったり。
自分が女であることにも嫌悪感と劣等感を持っていたりしました。
しかし、ふってわいたツイン体験と思われる一連の流れで、
仕方なく、半ば強制的に、自分の女性性というものに向き合うこととなりました。
セクシャリティについても、知らなかった自分に出会い、女性であること、セクシャリティが好きになりました。
(この流れについては、ツインソウル、ツインレイ、ソウルメイトというカテゴリーで一連の出来事について少しずつ、綴っています。)
そこから得た、気づきについて書いてみたいと思います。
私の感じる男性エネルギーは、まるでビリビリとした電力のようです。
放出のエネルギーであり、行動力や相手への影響力を与えるもの。
形にする力と言うのでしょうか。
女性は受け入れるだけで、放出はできません。自分は器のようなものにも感じるし、
委ねる、受容する、まるで水のように感じます。
また、引き寄せる磁力でしょうか。
そして、女性はその身体を使って、エネルギーを純化するのではないのかなって思います。綺麗にしたり、凝縮したり。
そのエネルギーは、体を通り、頭のてっぺんから天に解き放たれたりもします。
男性が放出したエネルギーは、
女性のいわゆる第1チャクラ、第2チャクラ子宮から入り、体を通って、第4チャクラ、心臓から相手の第4チャクラ心臓に入っていくと思います。
はっきりそう流れると、体感しています。
円のように回る、それが男女のエネルギー循環。
だから昔から、体の仕組みだけではなく、その性質上、女性は受け身と言われ、
行動は男性にしてもらってるんだと実感が湧きました。
このエネルギーの流れは、いろいろ知る中で、私が感じた、
体感の様子をタントラとかに関心ある友人に話してみたら、
タントラの本にそう書いてあると教えてもらいました。
新鮮な驚きでした。
そこで、すごく思うのは、女性は愛を感じる男性としようよ、ということ。
どう言う関係であれ、その女性を愛している男性とです。
または、怒りや悲しみを溜めず、自分で自分を幸せにしようと生きている人です。
もしくは、その悲しみや怒りも受け入れたいと思える男性と。。かな。
まぁ、ということはやっぱり好きな人、愛してる人ってことですね。
時代は変わり、昔はそうはいかなかったけど、女性はある程度自分で選べるようになりました。
だって、男性は放出のみ。
女性は通したエネルギーを純化するんです。
それを男性に返す。
色々なものも受け取ってしまうと思います。
ネガティヴなものも、もちろん入ってくるし、受け入れるだけです。
そう言う性質なんだと思います。
そこに受け入れたくないものがたくさんあるときに、痛いだけ、
辛いだけになるのではないのかな。
気持ちよくないってやつです。
男性が行為を通して癒されるのもわかります。
女性が綺麗にしたエネルギーを、返すのですもの。
道徳うんぬんよりも、エネルギーのことでそう思います。
その時その時で、女性は女性の身体を大切にしないと。
彼氏彼女の関係でも、夫婦でも、どんな関係であっても。
女性の体はすべて、神秘的で、自然とつながるものを持っていると思います。
そして、お仕事としてやっている女性は、命を削るような、
本当にしんどい仕事をしていると思います。
どんなセラピストよりもね。
自分を強く保つことが、健やかであるには必要になりそうです。
かつて古い時代、聖なる仕事と表現されることもあったようですね。
ナルホドって思いました。
本当に愛のあるエネルギーを、男性から女性が受けた時、
女性自身の色々なネガティヴなものも溶かす力があると思います。
男性が本来持つ、愛するという力は、そういうパワーを持っている
太陽のようなものです。女性にはできないものを持っているように思います。
そして、男性は本来は愛したい、与えたい生き物なんだろうなぁとも。
その力を潜在的に持っていることに、気がついていない男性も多いんじゃないかと思います。
男性が、真の男性のパワーに気がついた時、きっと大きな発展がもたらされると思います。
でも、なにごとも女性から始まるので、
女性が女性らしくあることが、男性パワーを引き出す、そのきっかけなのかな〜とも。。
そして、男女のエネルギーが合わさった時、創造のエネルギー、
または生命エネルギーができるのだと思います。
ゼロポイントになり、宇宙空間が出現する。
その場所は、おそらく女性の子宮です。
創造されるものは、人によっては子どもだったり、
子どもではない別のものだったりするかもしれません。
流行したご自愛とか、子宮系女子とかは、このエネルギーを自分で体感した後に、
目に触れるようになりまして、その内容は本当だなってうなづくことが多いけど、
なんでもそうですが、
子宮をあっためるとかの方法論とかではなく(もちろん効果的だよ。しかし神社に行けば開運出来るって言うのと同じように)その本質にアプローチすることが大切と思いました。
そう言ったことから、男女の営みは、とても神聖というか、
巷で言われているような、卑猥なものでも、消費するものでも、
隠さなきゃいけないものでもなく、子どもを創る手段だけでもなく、
過去世からの傷も癒し浄化し、創造のエネルギーを作り出せる行為。
どちらが欠けても成り立たないもの。
だいぶ歪められた表現が、広まっているんだなぁと思っています。