私、京都の伏見稲荷に行った時に、謎に迷子になって謎に1時間くらい山道を歩いたんだ。
なぜ稲荷?って最近、すっごい不思議だったのだ。
伏見稲荷の山で迷子になった時は、携帯の充電は切れるし、あんなに参拝客が多いのにひとっこ1人歩いてないし
日は暮れるし、でも、内側のとのたまの声に従って歩いて行って、だいじょうぶ、このまま進めっていうし、どうやって歩いたのかもわからないけど道に出て、伏見稲荷の入り口まで戻れた。最後にありがとうって言ってた。
途中には、修験者の滝行などの場所があって、闇深く、ビビりながら歩いていた。
これを見せたいんだなぁとか、私が歩くことで浄化してるんだなぁとか、感じていた。
夕闇で明かりもなくてかなり暗かったから、怖かったけど、内側のガイダンスに従った経験だった。
今日その時のことがなんだったのか、わかることが起こった。
同じようなところを巡ってる人の考察ブログを目にしたのだ。
この人が、伏見稲荷をめぐり感じた結びが心に響いた。
セオリツヒメは封印された女神というだけではなく、その奥に、セオリツヒメの深い奥に何か大事なものがあると感じているということだった。
一連のことも、
私のハートの奥の奥にあるものが
あるみたいだから、それを伝えてきてる。
私の家系の母方の人たちの名前は、かぐや伝説を感じるもので、ベガなんだよね。
琴座。
私はプレアデスは魂として生まれただけで、もっとずっと前から旅してきてる古い魂だからさ。
一連のことが伝えてきてるのは、
ニギハヤヒ=アマテルが金龍さんで
イチキシマヒメノミコト=セオリツが私だということだ。これはイザナミも含まれる。
なぜなのかはわかってないんだけど、同じことだって伝えてくる。
セオリツもイザナミも同じだと。
古代の人たちはセオリツを、隠しながら守りながら伝えてきている。
失われてはいない。
おふくろ石のいちばん近くにあったお社は、セオリツヒメだった。
伏見稲荷の山の中には、白瀧神社や天龍神社があったのだ。真っ暗でわからなかった。
その記事の人は、私が感じてたことと同じようなことを書いていて、あの時、なぜ迷子になって山の中を1時間近く歩いたのかといえば、
私がまた、セオリツの場所に導かれていたからだった。
そのブログでは、ほかの神仏に姿を変えて隠されて、セオリツヒメを守っているということを感受し考察していた。
気がつけば、いつも、セオリツヒメとクニトコタチ、ニギハヤヒ、アマテルの場所に導かれていたのだ。
あ。そっか。表にイザナギとイザナミを出して、そこにクニトコタチやニギハヤヒ、セオリツが隠されてたりするんだ。
先日のこれ
これは、大神神社と書かれてました。
大物主がご祭神となってるそうだが、
本当はニギハヤヒなんだそうだ。
応神天皇のことに迫るのは、
月信仰の大分の宇佐のことに繋がっていくと思う。
宇佐に隠されている真実の部分。
出会ってきてる人も、大分関係者が多くて、さらに大分の情報もすでに色々集まってきてるから、
それがずっと、私にずっと伝えてきてるのは、
かつてこの日本では
太陽信仰
月信仰
そして、星の信仰があったということ。
星信仰は陰陽道に繋がっている。なんだかわからないけど、私がそうだと知ってることだ。
星の信仰は表向きには失われてしまった。
妙見とは、北斗七星信仰を指す。
お茶の先生はこの北斗信仰のことを話してくれた。そのお茶の流派は、北斗信仰と縁が深い。
金龍さんがよく話を聞きに行っていたお茶の先代家元を見た時に、この人は陰陽師だなって思ったのだ。私の知る陰陽師の人は同じエネルギーをまとうけど、金龍さんもどっちかというと、陰陽師系のエネルギーをまとう。このエネルギーと私は、現時点では相いれない感があるのだ。
私自身がこれと同じだとよく言われるのは、イチキシマヒメノミコトや、江ノ島の妙音弁財天、裸弁天だ。エジプトのハトホル神殿のエネルギーも私と同じだと伝えられた。
福ちゃんは何度も私に星のことを話したし、普段はしまってあるお寺にある大切な星の曼荼羅を見せてくれた。
彼女との仕事はでは、″星に願いを″をコンセプトとしたんだ。ぜったいに叶うから。
太陽と月と星、この全て、3つを全て合わせたヒミコ。
これは、日じゃない。
靈(ヒ)の巫女のことを伝えているそうだ。
すべての光をまとめていた巫女。
ヒとは、魂で、私たちが魂の存在であり、それをとどめたのがヒトである、という
それがホツマツタエに書かれているそうだ。
あわのうたも
カタカムナウタヒ567首も
同じことを伝えているという解説研究ブログもみてなるほどなって思った。
それはすでに私がここで伝えてること。
なぜ私にあらゆるものが集まるのかもなんだかわかる。
最近は
「本当のまっすぐな声を出しなさい」
ということを伝えていたけど、
それが光であり整うことで、あわのうたもカタカムナもこれを書いてあるそうだ。
私はさ、こういうことを知らないんだけど、
でもその書物たちが伝えてることは
私がわかっていてすでにこのブログで伝えているってことだ。
インドの聖者が言ってるということも、大金払って習ったけど、全部私は自分の身に起こることで受け取っていて、体験がなんのことを言っているのか教えてくれてて、そしてここに発してきたということだった。
ほんとに、天使の働きをしてたんだ。。
天使というのは崇められて教育などしない。
人の中に混ざり、寄り添いガイドするし、サポートするし、生き様などで伝えている。
仏教界でもそう伝えているし、
イエスキリストもそうだわね。
後世の人が、権威をつけただけだよ。
だから、私は宗教が嫌いだ。
福ちゃんともそれでやり合った。
霊の格と、権威は違うからだ。
初めの頃に来たメッセージ。
「真のスピリチュアルのビジョンを世界に分け与える」ことをしてるんだね。
みんなの大切な光をここに集めている。
それに、私はこの営みこそが、これこそが神だと思うのだ。
偶然などひとつもない。
それをここに書いてきた。
ほんの一瞬交わした言葉や、視線すらも、それすらも神の一部であり、魂の約束であり、奇跡そのものだったとしたら?
それで稲荷に戻ると、稲荷はウカノミタマノカミ、または宇賀神などと同一となる。また、食べ物の神さま、御食神。
宇賀神は人頭蛇身の姿なのだ。人頭蛇身の姿を見て、一か所思い出したのが、位山だった。
君の名はのモデルの他にもなってるというけど。
ここもまた、新興宗教らしいが、天地のクニトコタチとアマテル、太陽を現しているものがある。
鎌倉の夫婦の弁天は、この対も表していて
弁天は白蛇に例えられたりするけど、白蛇は白龍な感じするよね。
江ノ島に2人でこいと言われた時に、3人が、夫婦の白龍を感受してた。最後に来た子は、金龍さんのことを知ってるけど、対の白龍の置物の話をしていった。
そして、すべてシリウスを指している。
ここまで関わる人、全てがシリウスだ。
セオリツヒメはシリウスの女神である。
その対は太陽神人、ニギハヤヒのことを指している。
太陽の象徴する男性性のエネルギーは
11次元のマスター、
キリスト意識のサナンダもあらわし
その対はマリアである。
この次元までくると、どちらも光そのものだけどね。
アマミキヨをおってる人のブログも
本日、御嶽でシリウスのことに迫っていた。
菊理姫はすべての光を司る神であり、弁財天であると。それから沖縄では巫女の頂点にいた聞得大君。
この先に大島があるのだよ。うっすら写ってる。
なんで私が謎解きをすることになってるのかなって思うことをね、今日は書いてみようと思う。
私がそれについてチャネリングしたら、5次元以上の非物質界の女性体の性質、役割は、すべて受け取り切ることだからだって。
受け取る、与えられる、守られる、愛される。
こうやって、謎解きして、これもこれもこれもって確信してくと、さすがにやっぱちゃうねんって疑わないでしょ、、、
つまり、
男性体は最初の頃にここでシェアしたように、性質上、注ぎ出したら一直線で止められないから、受け取ってもらえないことは恐怖となる、とか、確定にならない、ということのようですよ。
女子諸君。
私はその受け取ることの大元に封印、傷があって、だいぶ苦労したけど、そうじゃないなら素直になって、受け取るとか、与えられるを頑張ってみてください。素直になる方を頑張ってみてください。恥ずかして涙出るかもだけど(笑)
今日も時間がたくさんあってこれまでのサインを整理するとか、自分に集まるパーツを考えずにはいられなかった。
私の本業ってこれなんだと思う。。。
それで思ったのだ。
江ノ島自体が、金龍さん?って。
金龍さんをサインとして受け取ってきてるものとの関わり方と、私と江ノ島の関わり方ってめちゃ似てて、エネルギーの物質化を感じる。
ニギハヤヒとセオリツのことなのだ、というのは確信がもてたけどね。
さてさて、いかに。
エネルギーの物質化をたくさんしてきて、
なぜ私が錬金術師って言われてきたのか不思議だったけどそれが私のギフトです。
それの一つの形が
よかったらこちらチェックしてね!
これさえあればなんてことは言いません。
そんなものはこの世界にないです。
セールスの言葉に惑わされないで。
それは縛る悪魔の言葉だからね。
でも、あなたが行くと、本来の私、魂の輝いていく道へのサポートはとってもしてくれますよ♡
https://natsumikan7373.hatenablog.com/entry/2023/05/15/211655